コラム

中国・天津に留学した時に書き留めた留学情報。一部『西遊記』と重複していますが、そこはご愛敬・・・。学校の様子や授業の様子もご紹介しています。

中国留学情報

■南京、無錫、杭州、蘇州、上海の旅

【2月7日 出発】
夕方6時30分発の南京西行き特快65に乗り、南京、無錫、杭州、蘇州、上海の旅が始まりました。ですが、初めから、同行の三人は遅刻。まあ、無事に乗れたから良かったのですが、三人が来なかったらどうしようと真剣に考えてしまいました。同行は、天津外国語学院の日本人二人(男性)と以前天津外語にいて1月末に北京外国語学院に転校したインドネシアの女の子一人。共通の言語は中国語のみ。みんなある程度話せますが、意思の疎通ができるのでしょうか。
列車は硬臥。買った切符は下段と中段が各1枚と上段が2枚でしたが、ガラガラだったので全員が下の段で寝ることができました。これは食事をするにもお手洗いにも便利で、車中での生活はかなり快適でした。軟臥に比べたらコンパートメントでないぶん通路を通る人の視線は気になりますが、特快等の快速列車の硬臥は各駅停車の硬臥と違いきれいですし、サービスもまあまあですから、わざわざ高い軟臥を買わなくてもいいと思います。
ただし、どの列車でも水の出る時間は限られているようです。朝、遅く起きたりすると顔を洗う水がありません。こういう事態に備えて、小さなコップまたは蓋つきの瓶とミネラルウォーターを少し多めに持っていくといいでしょう。中国列車の旅の秘訣です。 (95.3.12)

【2月8日 イスラム教徒、ホテル】
翌日、私は朝5時に起きました。というのは、インドネシアの子がイスラム教徒で、ちょうどこの旅行中がラマダンといい太陽が出ている間食べ物も水も口にできないので、日が昇る前に朝食をとったのです。夕食も四人そろってするためにはどんなにお腹が空いていても空が暗くなってから、昼食も彼女に気づかいながら、という生活。そして気をつけなければならないのは料理に豚肉が入っているかどうか。中華料理は豚肉を使ったものが多いのですが、ハムやソースを含め彼女はとにかく豚に関するものが食べられません。オーダーの際には店の人に一品ずつ豚肉が入っているかどうか聞くことになりました。ホテルに着くと早速シャワーを浴び、本来なら一日5回しなければならないお祈りをします。祈祷用のマットとベールを旅行中も持ってきていました。これがこの後二週間近く続きました。
南京へは12時頃到着。バス停がわからずうろうろしているうちにミニバスを見つけ、南京大学の西苑(留学生寮)に向かいました。西苑はいつも一杯とガイドブックに書いてありましたが、冬休み中のためか、部屋は空いていました。シャワー、トイレは共用でしたがツイン110元にしてはきれいで、衣装ダンスやハンガー、スチームもありました。(95.3.12)

【2月8日 ホテル、切符】
旅行中は基本的に同じですが駅に着くと真っ先に買うのは地図。これを頼りに目的地まで移動します。目的地には午前中に着き、まずホテルを探すか前売りの切符を買うかし、その後時間があれば見学に行きます。先にホテルを探すのは12時のチェックアウト後すぐに部屋をとるため。夕方現地に着くと地理に詳しくない土地で疲れて歩き回ることになりホテルも探しにくいからです。また、切符はすぐに売り切れてしまうので朝のうちに買ったほうがいいのです。
南京では総合チケット売り場が町の数ヵ所にあり、ホテルに荷物を置いてからゆっくりと切符を買いにでました。ホテルの近くには留学生が頻繁に利用するのか、ピザの店や喫茶店がたくさんあり味もけっこういけました。中華料理ばかりでは飽きてしまう学生の心理をとらえてなかなかいい商売になっているようです。留学生楼の中の喫茶店もサンドイッチが何種類もあり、夜中の12時まで開いているのです。天津にはどうしてないのでしょう。
切符購入後は中華門という南京城内と城外を区切る門へ行きました。この門は四重になっており、敵を誘き寄せ2の門と3の門の間まで引き入れた後1の門を閉め、予め隠しておいた兵で前にも後ろにも進めない敵軍を消滅させたそうです。今年は名古屋市がこの城壁修復に援助金を出すそうです。立派に修復してほしいですね。

夕食は近くのピザ店へ。なんとハンバーグ定食があり私はこれを頼みました。(95.3.12)

【2月9日 虐殺記念館】
朝少しゆっくりしてまず虐殺記念館へ。けっこう込み合ったバスを乗り継ぎやっと着きました。「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館」の看板を見、建物の入り口に「遇難者300000」の文字を見ただけでも胸を突かれるように心が痛みましたが、記念館の中の写真や解説文、遺物等を通じ日本軍の行った野蛮な行為を目のあたりにしつつ出口までのすべての展示を見終わった時には言葉が出ませんでした。すでに本多勝一著「中国の旅」で同じ写真、同じ解説文を見、南京大虐殺だけでなくその他の地域の抗日闘争の展開も知っていたのですが、予備知識があったからといってこの衝撃が和らぐということはありません。多くの展示物から犠牲者の悲痛な叫びが聞こえてきそうです。現在中国人は、自分の肉親を殺した民族である日本人も同じく帝国主義の犠牲者なのだから、共に世界平和のために協力しようと言っています。でもこの言葉を表面的にだけ理解し、過去の過ちを忘れてしまうようなことがあってはならないと思います。その陰には何十万人、何百万人、何千万人の犠牲者がおり、加害者は日本人だったのですから。(95.3.12)

【2月9日 中山陵】
何とも言えない重圧感を胸に記念館を後にし、午後は中山陵へ行きました。孫文(孫中山)が生前から用意したという巨大な墓です。山の中腹に孫文の遺体を安置した建物があり、そこへ至る道は整備され、両脇には針葉樹の森が広がり緑の少ない冬の中国にしてはきれいな景色でした。また、天津、北京と違いやはり南方は暖かく、スカートでも十分過ごせます。散歩するにはもってこいの天気と風景でした。この辺りでは「雨花石」といい、水の中に入れると赤くなるという石を売っています。色ガラスのような石が半透明の地の石に模様を描き、まるで絵画のようです。中には洗面器にやっと入るか入らないかくらいの大きな石もありました。安いものは20元くらいから高いものは20000元くらいまで、値切っているうちに簡単に半額に落ちました。中には桁が一つ落ちたものもあります。一体、元値はいくらなのでしょう。それでも本物の石かどうかあやしいのですがきれいなものもあったので友人へのお土産に幾つか買い求めました。(95.3.13)

【2月9日 7年半ぶりの再会】
夜、前日に電話をし夕食をご馳走してくれるとの約束がしてあったマリ人の友人に久しぶりに会いました。7年半前の北京語言学院での短期留学中に知り合った友人です。中国薬科大学でマスター課程を履修し今年の7月に卒業します。一人部屋に住み週末にはディスコに出かけ中国での生活を満喫しているようでした。少し太っただけで昔の面影そのまま。ずっと前から会おうといいながら実現しなかったのですが、とうとう再び中国で会えました。私たちが訪ねた時には料理は既にでき上がっており、ジュースを飲みながら少し話をして食事に。鳥手羽肉のスペアリブ、トマトと卵の炒めもの、魚とじゃがいもの煮物、ご飯と多くの料理を用意してくれました。どれもおいしく、あっというまになくなってしまいました。同行した三人の「同学」は話題に困ることもありましたがルービックキューブを取り出し遊んだり、今日見学に行った場所の感想を話したりまずまず楽しい時間を過ごすことができました。 (95.3.13)

【2月10日 ホテル探し、ワンタン】
朝、南京とお別れし無錫へ向かいました。朝の列車なのでお昼には着きます。無錫到着後はすぐに杭州までの船の切符を買いに行きました。が、当日の船の切符はもうなかったので翌日移動することにし、ホテル探しに入りました。無錫は太湖で有名な割には外国人が泊まれるホテルは少なく、市の中心から離れた、杭州への船着場に近い運河飯店に泊まりました。初めホテルを見に行ったときには水が出ないと言われ、お祈りの前には必ずシャワーを浴びるイスラム教徒の子のために他のホテルにすることにしました。荷物が多かったのと、船の切符売り場を探すのにかなり歩いていて疲れていたのでまず二人が近くに別のホテルがないか偵察に行きました。するとちょうど近くに四川飯店というホテルがみつかり、かなり安かったので全員が荷物を持って行って見たらその時になって外国人は泊めないと言われました。再び偵察隊が他のホテルをあたりにでかけましたが近くの他のホテルはずっと高く、結局また、重い荷物を持って元のホテルに戻り、このホテルに泊まることになりました。骨折り損のくたびれもうけ。
チェックイン後、とりあえず大仕事が終わったので昼食をとりに外にでました。「小販」と言われる小さな店で南方はおいしいと言われるワンタンを食べました。大きなお碗に山盛りになったワンタンは、スープも具もけっこういけました。旅行に出た時にその土地の名物料理を食べるのもいいものです。 (95.3.13)

【2月11日 梅園、排骨、船】
ホテルに荷物を預け、夕方5時45分発の船まで無錫の町を回ることにしました。まず、梅園へ行き、その後蠡園へ行く予定でした。ところが、梅園行きのバスがなかなか見つからず、おまけに途中から雨が降りだし、時間もなくなったので蠡園も他のところも行かないことになりました。
梅園は梅の時期にはまだ早く、4分咲きといったところ。花も少なく、お土産を見て、お茶を飲んで、塔の上から遠く太湖を眺めて終り。私は折角なので百合の根と蓮の実のお茶を飲みました。お湯に百合根と蓮の実が入っているだけでしたがほんのり甘く、雨の降りだした公園で体を暖めるにはもってこいでした。
梅園見学後は、雨足も強くなってきたので近くで食事をしました。無錫は排骨が有名です。豚の骨付き肉を醤油味で煮込んだもの。中国の香辛料八角の匂いもかなりするので好き嫌いがはっきりする食べ物ですが、私たちが食べたものは格別においしかったです。それほど脂っこくなく、肉も柔らかく、無錫を旅する人にはぜひお勧めしたい一品です。
雨の中、ホテルに戻り夕方5時45分発の船に乗りました。船は4人一部屋でベットも部屋自体もかなり狭い。長身の「同学」にはきつそうでした。匂いもひどく、衛生面にうるさい人にはお勧めできませんが、寝ている間に目的地に着いてしまうというのは便利ですし安上がりです。船に乗る前に買ったパンやラーメン、みかんで食事をし、早々に寝ました。(95.3.13)

【2月11日 「上有天堂」】
鞄の話にはもう一つおまけがあります。同行の一人がカートの付いた鞄を曳いていたのですが、混雑したバスから降りたときに曳き手の金具がとれてなくなってしまいました。曳き手がなくてはカートの意味をなしません。重い荷物を持ち上げて歩くのは大変です。そう思っていた時に外へ食事に出ることになりました。太い通りを渡るために歩道橋があるのですが、わざわざ登るのが面倒だ、いや折角だから通ろうとなんだかんだやった挙句、歩道橋を通ることになりました。と、なくなった金具と同じくらいの針金が落ちているではありませんか。躊躇せず拾いました。翌日、梅園へ行くバス停を探しているうちに金物屋がありここでペンチを買い、金具と同じ形に作り、修理完了。中国には「上有天堂、下有蘇杭(上に天国があるように、下には蘇州、杭州がある)」という言葉がありますが、この後に出てくる二つの事件と併せて、今回の旅行のキーワードは「上有天堂」に決定しました。「高いところに登ると良いことがある」と勝手に解釈したのです。(95.3.15)

【2月11日 悪戯電話】
無錫には思い出したくない思い出もあります。ホテルのロビーでカード式電話を掛けていたとき、一人の男性が話かけてきました。どこから来たのか、明日はどこに行くのか、何か手伝おうか等など。カードの残り度数を見ているようでもありました。この時は、中国語を話せるから手助けはいらないと切り抜けたのですが、なんと夜中の12時過ぎに悪戯電話が掛かってきたのです。最初は誰かが間違えて掛けているのかと思ったらどうも昼間の男のよう。誰を探しているのかと聞いたら「あなただ」「あなたと話しがしたいからこれから部屋に来てくれ」などと言うのですよ。どうしてこの部屋がわかったのでしょう。まあ、フロントに聞けば、日本人の女性などすぐに探し出せるのでしょうが油断も隙もあったものではありません。「もう、眠いから邪魔しないでくれ」と言っても、人の話など聞いちゃいない。しまいには「明日一緒に遊びに行こう。自分は一人で来ていて寂しい。ボーイフレンドはいらないか。」ですって。娼婦か何かと間違えているんじゃないでしょうね。確かに日本人女性はイエローキャブなどという不名誉な肩書きを付けられていますが、こんなにしつこい誘い方をする人に誰がついていくのでしょう。「ボーイフレンドと来ているから必要ない」と言っても何度も何度も掛けてきます。あまりにも気持ち悪かったので男の人の声を聞けば諦めるかと思い、疲れているところ申し訳なかったのですが「同学」を呼び電話に出てもらいました。それでも10分後にまた掛かって来たのでもう一度出てもらい、この日はこれで収まりました。
しかし、翌日7時頃からまたしつこく掛かって来ました。一度電話が鳴ってすぐ昨日の「同学」を呼びに行ったので今回は20分ほどで掛かって来なくなりましたが、全くしつこいったらありゃしない。当然気分も良くないので、この日はほとんど眠れませんでした。  日本では悪戯電話はしょっちゅうでしたが、まさか男女平等の中国でこんなことがあるとは思いませんでした。いい加減にしてほしいですよね。 (95.5.7)

【おまけ・上海】
上海の町を回るには歩くのが一番便利です。というのは、上海の地図のバス停はかなりいい加減なのです。地図の場所に必ずしもバス停があるとは限らず、また地図ごとにバス停の位置が違うのです。さらに地図に載っていないバス路線も多くあり、地図が全く役に立たないのです。私もチャイナドレスの仕立て屋に行く途中、バス停を探していたのですが一向に見つからず、探し回っているうちに時間がなくなり、上海で仕立てができなかったのです。市街地はそれほど広くないので、多少疲れはしますが上海は歩いたほうがよいようです。 (95.5.9)

おまけ・洗濯物の水
上海を歩いていたとき、雨でもないのに水が降ってきた。税関の立派な建物にも洗濯物が旗のようにはためいていた。 (95.5.13)


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