コラム

中国・天津に留学した時に書き留めた留学情報。一部『西遊記』と重複していますが、そこはご愛敬・・・。学校の様子や授業の様子もご紹介しています。

中国留学情報

■泰山旅行記

【泰山旅行記】
10月14日から17日まで学校主催の旅行で泰山、曲阜へ行って来ました。行き帰りともバスで8時間くらい乗っていたので体中が痛くなりました。しかも途中の休憩はほんの一回か二回。昼食の休みもなく、車中で各自勝手に食べるというものでしたから、日本のサービス満点の団体旅行に慣れている人には中国の旅行は理解できない部分が多いのではないでしょうか。
さて私たちは16日にまず曲阜へ行きました。本来ならこの日に泰山に登る予定だったのですが、朝から雨が降っていたので急遽予定変更。でもこれも出発の直前に知らされたもので、変更を知らずに山登りの準備をしていた人はひどい厚着のまま平地の曲阜を歩くことになりました。

曲阜は孔子の故郷。孔廟、孔府、孔林と見所は三カ所あるのですが、今回はなぜか孔廟と孔府しか行きませんでした。孔廟は孔子を祭る建物群。昔孔子が子弟に教えを説いたとされる場所や書庫など多くの建築物があります。孔廟の建物は、皇帝だけに許されていた黄色のるり瓦や龍を彫った柱などがあります。また門の扉にある鋲は七列七段。鋲の数が多ければ多いほど高貴な家の出であることを示すそうですが、るり瓦といい、鋲の数といい、孔子の影響力の強さをここからも読み取ることができます。ちなみに故宮の門扉の鋲は皇帝の住居だったため九列九段あります。孔府は、高い地位を与えられていた孔子の子孫が封建領主として領民を支配する役所と住居。
孔廟、孔府の見学を終えて山東鉱業大学の招待所に戻ったのは午後2 時半ごろ。ここで自由行動になったので、私は友人と泰山の麓の、かつて封禅の儀式が行われたという岱廟へ行きました。ここはさすがに皇帝が来るところなので規模も大きく、建物も立派、黄色のるり瓦、九列九段の門扉の鋲など当時の最高権力者の象徴があちこちにみられました。

翌16日はいよいよ泰山登り。時々小雨がぱらつきましたが前日よりはまし。五合目あたりの中天門までバスで行き、ここから自分の足での登山が始まりました。山登りとは言え、石段を登るだけ、特に道具も必要なく軽装で登れる、楽勝、楽勝と思っていたら、10分もしないうちに足がだるくなってきました。固い石段を踏みしめる振動が膝にこたえて、これだったら階段もなにもない山道のほうが楽だ、などと思いながら、同行の学生や先生方とおしゃべりをし、また休憩しながら延々と続く石段を登り続けました。ここの石段は頂上までで7412段、全長9・もあるとか。途中から登り始めたとしても数え切れないほどの段数があります。おまけに天気が良くなく、霧なのか雨なのか、雲なのかわかりませんがとにかく水分が多く、先が見えないのです。行けども行けども頂上には着かないんじゃないか、という不安が余計に疲れる原因になっていました。

そうこうしているうちに、十八盤と呼ばれる泰山登山道きっての難所にかかりました。途中から勾配が急にきつくなり、石段の幅もそれまでより狭くなってきたのです。見上げると石段が降ってきそうなくらい。十段も登ると息が切れるという感じです。後で知ったことですが、十八盤だけで1600段もあるとのこと。道理で疲れるわけです。
十八盤を登りきると、南天門。ここから頂上の玉皇頂までは緩やかな、ほとんど平らな道で、天街を通りいくつかの建物を横目にのんびり進んで行くと「極頂」の文字を刻んだ石柱が見える。ここが玉皇頂、とうとう頂上に着きました。晴れていればここから「天下はかくも小さい」との言葉を孔子に言わせた絶景が見られるのですが、残念ながらこの日は一面の雲海。下界の様子は少しも見えませんでした。しかし、雲の中に立つというのもまた格別です。標高1545mの泰山を制覇し天に立ったような気分です。中国五名山の雄、泰山登りはこうして無事に終わりました。

と言いたいところですが、帰りはロープウェーもバスも使わず、全行程を歩いて帰ってきたので麓についた頃には膝が笑っていました。そして翌日からはひどい筋肉痛。4、5日悩まされました。本当にいい運動をした、という感じです。でも中国に来たからには訪れたいと思っていた泰山に登れ、満足、満足。皆さんもいかがですか。(94.11.6)


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