コラム

1994年8月末から1995年7月半ばまで中国・天津に留学した時、当時入会していた『おちゃめくらぶ』(その後『陽だまり』という誌名に変更)という女性サークルの会報や、日中二ヵ国語新聞『東海国際新聞』などに投稿した体験記。中国留学に興味ない方でも楽しんでいただけると思います。1と2は原稿が行方不明。発見したらアップします。今後、写真もアップする予定(いつになるかはわかりませんが・・・)

中国語留学記

■みどりちゃんの西遊記9 (『おちゃめクラブ』95.10月号)

 さて、無事に留学を終えて帰ってきたのですが、帰国前後はかなりあわただしい日々でした。一つはずっと待っていたHSK(中国語能力テスト、TOEFLの中国語版のようなもの)の結果が天津を離れる2日前になってやっと届いたから。いつ届くんだろう、成績はどうなんだろうとけっこう気になっていました。結果は思っていたよりずっと良かった。HSKは1級〜11級まであって、11級が一番レベルが高いのですが、私は10級がとれたのです。私のいた天津外国語学院では10級は私が初めてでした。勉強があまり進まず悩んだ時期もありましたが、目に見える形で成果が出たので、この1年の留学は成功だったんじゃないかな、と思います。結果が来たその日、まず私の中国語の家庭教師の先生だった同じ学校の英語科の中国人の女の子に電話しました。彼女のおかげで中国語が上達したのですから。

 このほか、帰国直前には部屋の片付けがありました。私は荷物が人よりかなり多かったので、まとめるのに3日くらいかかりました。段ボールを集めたり、種類別に分けてどの箱に何が入っているかリストにしたり…。中国で買った本が多かったので、重くて箱を動かすのも一苦労。あちこち体中ぶつけて、青痣だらけになりました。なんとか箱詰めが終わり、海運会社の知り合いに引き取りに来てもらったのですが、全部で段ボール箱18個には少々驚いていました。郵便局から船便で送ったら送料で2万円くらいかかります。でもそこは知り合い。船長托送の形にしてタダで運んでくれることになりました。到着は7月19日の予定。私の帰国の日と同じで、こんなに早く着くなんてラッキー!なんてのん気に思っていました。ところが船長托送の荷物は、夜中だろうが早朝だろうが船が港にいる間に本人が取りに行き税関に申告しなければならないというのです。船は予定より1日早く入港してしまいこの時取りに行けなかったので、なんと荷物はそのまま船に乗って天津に帰ってしまったのです。19日の夜中に家についてそのことを知った時にはすごいショックでした。次に船が入るのは8月1日。船会社や税関に電話してどうしたらいいか聞き、トラック屋さんに電話して車を手配して当日までは本当にてんやわんやでした。1日は日中船に行き、なんとか荷物は手元に届きましたが、トラック代が1万3千円くらいかかり、名古屋港まで交通費がかなりかかったので、もしかしたら自分で郵便局まで持って行った方が安かったし、労力も少なかったかもしれません。郵便だったら非課税のものは郵便局の方が自宅まで運んでくれるのです。でも好意で船長托送にして下さった知り合いの人にはこんなことは言えません。タダより高いものはなし、とはこのこと。

 ともあれ、本人と荷物がなんとか日本に届いたのでこれで留学も一件落着です。でも本当はもう一つ事件がありました。帰国する時に天津から上海、広州、しんせん、香港、マカオを回ってくる予定だったのですが、上海から広州行きの列車の切符が私のビザの期限ぎりぎりの日にちのしかとれなかったのです。それも、旅行社に行ってなかったので駅までわざわざ行ったのに駅では前売りはしない、と言われ、またもとの旅行社に戻ったのはいいのですが、ぎりぎりの日にちのも初めは1枚しかなかったのです(その時2人で旅行していました)。でも、あちこち回って、しかもビザの日にちがもうないんだ、とごねていたら、担当の隣の人がついさっきキャンセルがあったから切符、あるよ、と言ってくれやっとの思いで2枚の広州行きの切符を手に入れたのでした。おかげて不法滞在にならずにすみましたが、のんびり観光するはずの広州は泊まるだけになり、行くはずだったしんせんは素通りし、その分、上海に4泊もすることになってしまいました。

 でもその後の香港とマカオは最高でした。香港では飲茶を2回もして、おいしいものをいっぱい食べ、マカオではポルトガル様式の美しい街並みを歩いて回り、これまたおいしいポルトガル料理を堪能してきました。お天気もとってもよく、南国の木々に囲まれ、リフレッシュできました。香港はまた行きたいですね。

 と、そんなこんなで帰途についたのですが、実は上海での長居もそれほど苦ではありませんでした。というのは、上海はこれが3回目で慣れていたということと、思い出の地でもあるからです。2回目の上海旅行の時、上海バンドと呼ばれる夜景で有名な外灘で今の彼氏(注:現在の夫)に告白されたのです(どこかから、ごちそうさまという声が聞こえる…)。最後の旅行も彼と二人でした。上海では毎日、夜、外灘へ行き、夜景を眺めました。

 こうして1年の留学が終わりました。HSK10級と彼氏という2大収穫物も得られ、私としてはまずまずの出来だったのではないかと思います。これも皆さんの応援あっての成果だと思っています。中国へは多くの方からお手紙をいただき、たいへん励みになったんですよ。これからは、日本でもう少し中国語を磨き、中国語の通訳、翻訳やスクールの講師をしていくつもりです。

 この会報が発行されるころには天津を離れて3ヵ月になります。でも、そのころ私はまたまた天津にいるはず。10月中旬、1週間の予定で北京・天津に旅行に行きます。成長の早い中国のこと、今度行くまでに、またどこか変わっていることと思います。次の号でご報告できればいいな。

 それでは、また次の号までさようなら。再見!


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