コラム

1994年8月末から1995年7月半ばまで中国・天津に留学した時、当時入会していた『おちゃめくらぶ』(その後『陽だまり』という誌名に変更)という女性サークルの会報や、日中二ヵ国語新聞『東海国際新聞』などに投稿した体験記。中国留学に興味ない方でも楽しんでいただけると思います。1と2は原稿が行方不明。発見したらアップします。今後、写真もアップする予定(いつになるかはわかりませんが・・・)

中国語留学記

■みどりちゃんの西遊記7 (『おちゃめクラブ』95.6月号)

 皆さん、こんにちは。この原稿はいつ会報に載るのでしょうか。無事6月号に載ることを祈りつつ、これを書いています。というのは、もともと4月25日から5月5日まで日本に一時帰国し同居していた祖母を看病をするはずが、22日に容態が急変し23日に急遽帰国することになり、その上23日に祖母が亡くなってしまったのです。帰国前に「陽だまり」を手にすることが出来なかっただけでなく、帰国前はめまいがひどく、帰国後も忙しく原稿が書けませんでした。言い訳にしかなりませんが、ここで皆様にお詫び申し上げます。

 では、中国のご紹介を続けましょう。まずは中国の春の風物誌から。
 「柳絮=りゅうじょ=」をご存じでしょうか。中国では春になると柳の綿が雪のように飛びます。これを柳絮といいます。形はたんぽぽの綿毛の足を取って大きくしたようなもの。ケサランパサランと同じかどうかわかりませんがそのようなものです。天津では4月16日が大量発生の初日でした。良く晴れた日には特によく飛びます。見た目は綺麗なのですが、自転車に乗っていると鼻や口に入ってきて厄介です。そこで中国人の女性は向こうが透けるくらい薄いスカーフを銀行強盗のように顔に巻き柳絮を防いでいます。以前は不思議なことをするものだ、埃が多いからかと思っていたのですが、柳絮の飛来を体験してやっとスカーフの主目的がわかりました。このスカーフは黒地に色取り取りの花模様をあしらったものが多く、質の悪いものなら露天の出店で5元位で売っています。皆がみなこれを被って自転車で走ってくるのは怖いものがあります。

 さて、話が前後しますが、中国の旅のご紹介をしましょう。今回は2月7日から2月18日までの、南京、無錫、杭州、蘇州、上海の旅です。
  2月7〜8日の北京〜南京間の列車は硬臥(2等寝台)。約17時間の夜行の旅です。買った切符は4枚で下段と中段が各1枚と上段が2枚でしたが、ガラガラだったので全員が下の段で寝ることができました。これは食事をするにもお手洗いにもいちいち人を気づかうことなく便利で、車中での生活はかなり快適でした。軟臥に比べたらコンパートメントでないぶん通路を通る人の視線は気になりますが、特快等の快速列車の硬臥は各駅停車の硬臥と違いきれいですし、サービスもまあまあですから、わざわざ高い軟臥を買わなくてもいいと思います。ただし、どの列車でも水の出る時間は限られているようです。朝、遅く起きたりすると顔を洗う水がありません。こういう事態に備えて、小さなコップまたは蓋つきの瓶とミネラルウォーターを少し多めに持っていくといいでしょう。中国列車の旅の秘訣です。

 旅行中は基本的にどこでも同じですが駅に着くと真っ先に買うのは地図。これを頼りに目的地まで移動します。目的地には午前中に着き、まずホテルを探すか前売りの切符を買うかし、その後時間があれば見学に行きます。先にホテルを探すのは12時のチェックアウト後すぐに部屋をとるため(中国ではチェックインは何時でもok、ただし予約はほとんどのホテルができない)。夕方現地に着くと地理に詳しくない土地で疲れて歩き回ることになりホテルも探しにくいからです。また、切符は前売りはほとんどなく、しかもすぐに売り切れてしまうので次の日の切符は朝のうちに買ったほうがいいのです。

 2月9日、南京の虐殺記念館へ。「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館」の看板を見、建物の入り口に「遇難者300000」の文字を見ただけでも胸を突かれるように心が痛みました。記念館の中の写真や解説文、遺物等を通じ日本軍の行った野蛮な行為を目のあたりにしつつ出口までのすべての展示を見終わった時には言葉が出ませんでした。日本軍に焼尽くされた村と、その時の猛火で指先を失った老人、畑を掘るとごろごろ出てくる白骨、見せしめに首を切られる場面など。すでに本多勝一著「中国の旅」で同じ写真、同じ解説文を見、南京大虐殺だけでなくその他の地域の抗日闘争の展開も知っていたのですが、予備知識があったからといってこの衝撃が和らぐということはありません。展示物から犠牲者の悲痛な叫びが聞こえてきそうです。現在中国人は、自分の肉親を殺した日本人も同じく帝国主義の犠牲者なのだから、共に世界平和のために協力しようと言っています。でもこの言葉を表面的にだけ理解し、過去の過ちを忘れてしまうようなことがあってはならないと思います。その陰には何十万人、何百万人、何千万人の犠牲者がおり、加害者は日本人だったのですから。

 この日の夜、前日に電話をし夕食をご馳走してくれるとの約束がしてあったマリ人(アフリカ人)の友人を訪れました。7年半前の北京語言学院での短期留学中に知り合った友人です。中国薬科大学でマスター課程を履修し今年の7月に卒業します。一人部屋に住み週末にはディスコに出かけ中国での生活を満喫しているようでした。少し太っただけで昔の面影そのまま。ずっと前から会おうといいながら実現しなかったのですが、とうとう再び中国で会えました。私たちが訪ねた時には料理は既にでき上がっており、ジュースを飲みながら少し話をして食事に。鳥手羽肉のスペアリブ、トマトと卵の炒めもの、魚とじゃがいもの煮物、ご飯と多くの料理を用意してくれました。どれもおいしく、あっというまになくなってしまいました。同行した三人の「同学」は話題に困ることもありましたがルービックキューブを取り出し遊んだり、今日見学に行った場所の感想を話したりまずまず楽しい時間を過ごすことができました。

 翌10日、南京を後にし、午前の列車にて無錫へ。翌日の杭州行の船(船中泊)の切符を購入しホテルチェックイン後、とりあえず大仕事が終わったので昼食をとりに外にでました。「小販」と言われる小さな店で南方はおいしいと言われるワンタンを食べました。大きなお碗に山盛りになったワンタンは、スープも具もけっこういけました。旅行に出た時にその土地の名物料理を食べるのもいいものです。翌日、梅園という公園を見学後、あいにくの天気の上、雨足が強くなってきたので近くで食事をしました。無錫は排骨が有名です。豚の骨付き肉を醤油味で煮込んだもの。中国の香辛料八角の匂いもかなりするので好き嫌いがはっきりする食べ物ですが、私たちが食べたものは格別においしかったです。それほど脂っこくなく、肉も柔らかく、無錫を旅する人にはぜひお勧めしたい一品です。 無錫では面白い話がありました。同行の一人がカートの付いた鞄を曳いていたのですが、混雑したバスから降りたときに曳き手の金具がとれてなくなってしまいました。曳き手がなくてはカートの意味をなしません。重い荷物を持ち上げて歩くのは大変です。そう思っていた時に外へ食事に出ることになりました。太い通りを渡るために歩道橋があるのですが、わざわざ登るのが面倒だ、いや折角だから通ろうとなんだかんだやった挙句、歩道橋を通ることになりました。と、なくなった金具と同じくらいの針金が落ちているではありませんか。躊躇せず拾いました。また、バス停を探しているうちに金物屋がありここでペンチを買い、金具と同じ形に作り、修理完了。中国には「上有天堂、下有蘇杭(上に天国があるように、下には蘇州、杭州がある)」という言葉がありますが、今回の旅行のキーワードは「上有天堂」に決定しました。「高いところに登ると良いことがある」と勝手に解釈したのです。

 無錫から杭州は船の旅でした。船は4人一部屋でベットも部屋自体もかなり狭く長身の「同学」にはきつそうでした。匂いもひどく、衛生面にうるさい人にはお勧めできませんが、寝ている間に目的地に着いてしまうというのは便利ですし安上がりです。
 2月12日早朝杭州に着きました。杭州は西湖という人工の大きな湖があり、この周りに十箇所程の観光名所があります。春になると花が咲き、柳が芽吹き、山あり、水あり、風光美眉な観光都市です。残念なことに私たちが旅行した時期は柳も花もなくちょっと殺風景でしたが、人も少なく、ボートに乗って湖に浮かぶ島に見学に行くことができました。
 2月14日、15日は蘇州。除夜の鐘で日本人にも有名な寒山寺、蘇州四大名園の一つ留園を見学した他は私たちは蘇州の特産、シルク(布地、スカーフ、ネクタイ、マフラー、ハンカチ等)、両面刺繍の置物の買い物を楽しみました。これらの特産物は他の都市でも買えますが、種類の豊富さ、品質の良さ、価格の安さでは蘇州の比ではありません。
2月15日、16日はこの旅程の最後の土地、上海。中国一の大都会です。外灘(ワイタン)と呼ばれる川沿いの地域は、租界時代の建物が立ち並び日中も綺麗ですが、夜景はもっとロマンチックです。建物がライトアップされ、川沿いに湾曲している道路の街灯が弧を描き、正に絵葉書の世界です。上海では、上海雑技団(動物を交えたサーカス)を見、公園を見学し、またまた買い物。私はチャイナドレス(チーパオといいます)用のシルクの生地を買いました。気に入った色柄のものをやっと上海で見つけたのです。白地に金の刺繍で龍と牡丹が描かれています。ボレロと袖なしのドレスで約5mの表地と裏地で、合計で340元でした。天津に帰ってからドレスに仕立てました。
 帰りはまた、硬臥で車中一泊。上海で風邪をひいてしまい、寝ているうちに天津にも戻って来ました。こうして12日間の旅行が無事終わりました。

 それぞれの土地でのエピソードはまだまだありますし、この旅行の前には中国のハワイと言われる海南島にも行っていますし、3月30日〜4月5日には再び上海と春爛漫の杭州を旅行しているので話は山ほどありますが、今回はこの辺で。再見!


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