コラム

GREEN GRASS China Salonの生徒さん達が自主トレ? として “修学旅行”と題して上海に旅行に行っていらっしゃいました。その旅行記の一部をご紹介いたします。

お便りfrom留学生


■我班的“修学旅行” Nさん編その4 (受講生より 2005.2)

第十四章:上海でタクシーを拾うことは難しい。

虹口足球場駅から列車で2駅進み宝山路駅で下車。ここからタクシーを拾って上海緑波廊酒楼のある預園を目指す計画です。レストランの予約時間は6時半ですが、あくまでも目安であり、その前後の時間に行けばよいということ。そして予約席ということで席が未使用で空いているというわけではなく、予約した人が到着したら席を空けてくれるものだということも昨夜行った王宝和酒家で分かっていましたし、何よりYさんが上海緑波廊酒楼に電話をしてくれたのであまり心配はいらないのですが、それにしてもタクシーがつかまりません。人の数に比してタクシーの絶対数が少ないということの他、上海市民の所得水準がどんどん向上しているということも一因のようで、乗り合いばかりではなく、一人だけでタクシーに乗っている人も数多く見かけます。中国でタクシーを拾うのはとても難しいから、飛行機の出発時刻が間もないなど、時間が厳しいときにはタクシーを移動手段として考えてはならない、ということを聞いたことはありましたが、まさにそのとおりで、タクシーの絶対数が少ないうえに、せっかく見つけても大抵は既に人が乗っており、乗れるタクシーを見つけることが困難でした。その難しさは日本の比ではありません。それでも運良く空いているタクシーが1台みつかり、先行してAさん、Oさん、Yさんが上海緑波廊酒楼に向かいます。私を含む残りの3人は次のタクシーを拾うことになったのですが、結局先発隊が行ってから20分以上もかけてようやくタクシーを拾えたのです。このとき、タクシーを見かけては期待に目を輝かせ、人が乗っているとわかるや落胆する私の気分の浮き沈みぶりは傍から見ているSさんなどにとってはなかなか面白いものだったらしく、後々さんざんからかわれてしまったのです。

第十五章:上海緑波廊酒楼で最後の団欒

バス、タクシーでは予想外の小さなトラブルに見舞われましたが、それでも無事に上海緑波廊酒楼に再び旅の仲間6人が揃いました。いよいよ待望の食事です。なにしろお昼はまともに食べていませんので、世界のVIPまでもが食事をする上海緑波廊酒楼に対する期待値がさらに高くなります。点菜(料理の注文のこと)のトップバッターを仰せつかった私はといえば、何でもいいから食べさせてくれ、という気分でメニューをまともに考える思考すら停止していたので、安易に「拿手菜」(得意料理のこと)を服務員さんに紹介してもらおうとしたところ、他のメンバーから「不行。」と言われてしまう有様で、気を取り直して体質的に肉を食べられない方に配慮して、「干焼明蝦」と「清蒸桂魚」を頼み、他のメンバーもひとりずつ食べたいものを最低1品注文し、楽しい食事が始まりました。話の内容はやはり今回の旅の思い出話が中心です。そして口にこそ出しませんでしたが、誰もがこの時、ここにいる6人のメンバーが揃って過ごす時間が間もなく終わってしまうのだということを感じていたと思います。XさんとOさんはまだしばらく中国にとどまって中国各地を旅行し、Yさんは引き続き上海に暮らし続けますが、Aさん、Sさん、私の3人は明日の朝の飛行機で日本に帰国するので、明日にはもう6人がそろうことはないのだということを。ですから、楽しく、心地よい時間が流れる中で、ある種の名残惜しさを同時に感じていました。そしてこの貴重な時間は瞬く間に過ぎてゆきました。

第十六章:Oさんはマハラージャ

上海緑波廊酒楼での食事が終わった後、しばらく預園を散策することに。まだ開いているお店もいくつかありましたので、お土産の購入もしました。預園での買い物で印象深いにはOさんの買い物意欲のすさまじさにつきます。その勢いたるや、お金がありさえすれば、お店の品物をすべて買い占めてしまいかねないほどの勢いです。Oさんは気に入ったものを見かけると、目尻が下がり、顔から笑みがこぼれます。アイコンタクトでお店の人にもそれが伝わるようで、Oさんの目を見ると営業スマイルではなく、満面の笑みを浮かべます。メンバーの誰もが「ああ、また欲しがっている。」「まだ買うのか。」「まさか、こんなに買い物好きだったとは。」と目を丸くしたものです。その姿は「苦しゅうない、もっと高いものを持って参れ。」と自由気ままに買い物をするマハラージャ(インドの王様のこと)のようです。買い物に情熱を傾けるのは女性の専売特許ではないということを思い知ることになりました。ただ、気前がいいことはもちろん悪いことではないのですが、この調子ではOさん一人で行くことになる西安で大丈夫なのだろうか、と少し心配です。道中、「銭没有了。」(お金がなくなってしまった。)ということにならなければ良いのですが。

第十七章:Yさんとのお別れ

Oさんの買い物好きには驚かされてしまいましたが、永久に続くはずもなく、それも終わりの時がきました。この後はSさんが中国マッサージを体験したいと希望し、Aさんも昨日に続いて行きたい、と賛成したので、Yさんの案内でマッサージ店に行くことになり、私を含む残り3人のメンバーは、ここ預園で上海在中のYさんとお別れになりました。再びこのメンバーが揃うことがあるのかは定かではありません。それでも、おそらくは誰もがそういう機会があって欲しい、と願いながらのお別れです。私には帰国する、という大事なことが残っていて、完全に今回の旅が終わったわけではないのですが、それでも確かに旅が終わった、という感慨がありました。Yさん達とお別れをしてから私たちもすぐにタクシーでホテルに帰ります。このタクシー代は私が払うことになったのですが、タクシー料金は12元なのに、小銭は11元しかありません。仕方なく例によって100元札で支払うと、何とお釣りを70元しかくれません、残りのお釣りを要求すると、8元くれるだけです。さらに要求してようやく残りの10元のお釣りをもらいました。運転手さんの表情からするとあわよくばごまかしたい、という気もあったようですが、最初に70元のお釣りを出すときにすら、あちこち探し回っていましたからお釣りを探すのが面倒くさい、とうこともあったように思います。このわずかな中国滞在中に感じたことですが、100元のお釣りが十分にない、ということは、それだけ100元が多くの老百姓にとって大金だということなのでしょう。どこでもお釣りが十分にあるとは限らないが故に、実は100元札の使い勝手は悪く、逆に小銭、その中でも特に1元硬貨は使いやすく貴重だと感じました。日本にいるときにはともすれば邪魔になりがちな小銭は出来るだけ早く使ってしまいますが、中国では逆に、小さな単位のお金こそ、ここぞ、という時に使い100元札、50元札などの大きなお金は意識して小さくすることを心がけた方が良さそうです。タクシーでのやりとりには少し閉口してしまいましたが、無事に国際飯店に到着。明日は帰国するだけです。

第十八章:藤田先生のお使い。日本の硬貨に穴があいているのはなぜ?

11月21日(日)。いよいよ中国旅行最終日です。と言っても、Aさん、Sさん、そして私の3人は、実はもう帰国するだけなのですが。しかし、帰国に先立って私にはもう一つやるべきことが残っていました。それは藤田先生のお使いで「中級漢語聴和説」を入手することです。昨日は予想以上に周荘からの帰り時刻が遅れてしまい、このテキストを買う為に「上海書城」はおろか、兄へのお土産に買おうと考えていた三国演義の切手を買う為に行きたかった「上海市集郵総公司経営部」にすら行けませんでした。念のために打っておいた手が役立つときです。はたして服務員さんは約束通り、「中級漢語聴和説」を購入しておいてくれました。表紙を一目見ておそらく間違いない、と安心し、中身を走り読みして、間違いなく藤田先生が私に買って来て欲しいと依頼をした「中級漢語聴和説」でしたから本当に安堵しました。何しろ「中級漢語聴和説」を買ってくることは藤田先生の「特命」なのです。これで「買えませんでした。」と手ぶらで帰ったとしたら、藤田先生の反応はどうだったでしょうか?「あなたは2年半も中国語を勉強してなぜ本を1冊買うことすらできないのですか?」と怒るか?それとも嘆くか?いずれにしても無事に特命は達成しましたので、大手を振って帰れます。

そこで服務員さんにお礼を渡すことに。お礼は今回の旅行のためにいくらか用意しておいた日本の50円硬貨と5円硬貨です。これを用意した理由は「穴が空いている硬貨は世界的に珍しいので、外国の人にあげると日本のお土産として喜ばれる。」という話を聞いたことがあったからです。その話の真偽はさておき、これらを渡したところ、服務員さんの反応は「奇怪」であるとのこと。続いて「なぜ日本の硬貨には穴があいているの?」と言っていることは分かったのですが、その後が聞き取れません。唯一わかるのは「縄」(日本で言う紐)という言葉。聞き返して分からなかったこともあって今度は動作を示してくれます。唯一分かっている「縄」という言葉と、その動作から、言わんとすることが「ひもを通してひとまとめにするのか?」という類のことだとようやく理解できました。なるほど、確かに中国の昔の銅銭などは紐を通す為の穴が空いていたということを思いだします。ここに到って、なぜ50円硬貨と5円硬貨には穴が空いているのかを説明することになりました。私の中国語のレベルは大したことがありませんので、これは今回の旅のなかでは中国語で伝えることがもっとも難しかったことでした。幸いにも500円以外の硬貨が手元にあったことが功を奏しました。足りない500円は同じくらいの大きさの1元硬貨で代用します。「50円硬貨と5円硬貨に穴が空いているのは目の見えない人でもわかるから。」「日本の硬貨のあるものには穴が無く、あるものには穴が有る。」「500円は最も大きく、1円玉は最も小さいからすぐにわかる。」「100円と10円には穴がない。大きさは同じくらい。目の見えない人は波の有無で違いが分かる。」(注:「波」というのは側面の「ぎざぎざ」のこと。適切な言葉ではないが、「ぎざぎざ」を中国語でどう言うのかわからなかったので、こう表現した。実物があったので言いたいことを理解してくれたようです。)「50円と5円は穴が有ることで100円、10円と区別する。50円と5円の違いはやはり「波」の有無である。」と。正直なところ今思い出してもあやしい中国語の数々でしたが、実物があったことで理解してくれたようで、日本は「文明国家」だと言ってくれました。そう言って喜ぶ姿は服務員というより年若いお嬢さんそのものです。見た感じではたぶん25歳を超えていないのではないか、と思います。その後、目を輝かせながら、「日本の硬貨は見たことがなかったので全部欲しい。」と言うので、手持ちになかった500円以外の硬貨を全部あげることにしました。「日本の硬貨は見たことがない。」と、言われた直後は意外にも感じましたが、考えてみれば、日本に行ったことがなければ、中国に来る日本人が出すのは紙幣ばかりでしょうから、当然なのかもしれません。「全部欲しい。」の中になぜか彼女にとっては珍しくもない1元硬貨までもが含まれていて、持っていかれてしまいましたが、何と言っても私が藤田先生の「特命」を達成できたのはこの方のおかげですから気にもなりません。それどころか、手持ちの1万円札や千円札すらも1枚ずつあげたくなってしまいましたが、さすがに謹んで、そこまでのお大尽はしませんでした。時間不足で切手を買えなかった事は残念ですが、それは次回に中国に来たときにしようと思います。

最終章:車を呼んで浦東空港へ。「祝イ尓一路平安!」

フロントでのやりとりを終えてからすぐに隣のカウンターに移動してチェックアウトの手続きをします。初日に両替をしたカウンターですが、今朝はあのときの、おっかない服務員さんではなく、年配の穏やかな男性です。おかげで滞りなくチェックアウトの手続きが終わりました。他のメンバーとの約束の時間の7時まで、まだ20分近くあります。このままロビーで待っていると、ひとり、またひとりとやって来て、今日帰国する私、Aさん、Sさん、3人のチェックアウト手続きが7時少し前に終わりました。ロビーには、帰国する私たちを見送る為に、まだ数日間、中国に留まって各地を旅行する予定のXさんとOさんも来てくれ、しかもリーダーのXさんはホテルの服務員さんに頼んで、マイクロバスを呼んでくれました。(普通のタクシーに5人は乗れないので。)ほどなく車が到着し、国際飯店を後にして浦東空港に向かいます。さすがに朝が早いこともあり、すぐに浦東空港に到着します。手持ちのチケットを搭乗券と交換し、荷物を預ける手続きもあっという間に終わります。いよいよ出国手続きです。当然、ここで日本に帰る3人と中国旅行を続ける2人と、お別れの時が来ました。「祝イ尓一路平安!」と一同で言ったのは良いのですが、果たして日本に帰る私たちと、中国旅行を続ける2人と、どちらに言うのが、よりふさわしい言葉だろう、と、そのおかしさを皆が感じながらお別れです。XさんとOさんは、この後上海を後にして青島に。さらにその後は分かれてXさんは瀋陽に。Oさんは西安に向かい、その後再び上海で合流して帰国予定です。本当に無事に帰ってきて欲しいと願い、同時に彼らは私たちにできないどんな体験をするのだろうか、と考えると、うらやましくもなります。こうして私たちの第1回修学旅行は終わりを告げました。

あとがき:そしてまた歩き出す。

わずかな日程とはいえ、実際に中国にいってツアーコンダクターやガイドを介することなく、自分たちだけで中国語であらゆることをやれば色々なことが見えてきます。「これが出来てよかった。」と思うこと、逆に「あ〜あ。駄目じゃん。」と思うことが本当に数多く。とりわけ、自分はやはりまだまだなのだということ。高度なレベルで中国語を使ってゆくのは無理なのだということを嫌が上でも実感します。いわく「学習時間が足りない。」「中国人と話す機会が足りない。」「中国に行く時間が足りない。」「中国に行くお金が足りない。」何より「中国語のレベルが足りない。」といったところでしょうか。足りないものを数えてみてもきりがありません。ですが、学習を始めたばかりの頃からすれば、確かに進歩があり、隔世の感もあります。そしてまともに中国語を学んだことがない人と比べると、いかに多くのことを中国語で出来るか、ということも短い時間の旅行の中からでも見出すことができます。わずか2、3日中国に旅行に行ったからといって、大きく中国語のレベルが伸びるわけではありません。が、中国に行って、見たこと、聞いたこと、思ったこと、感じたこと、考えたこと、それらこそが私たち中国語学習者にとって唯一、足りないものを数えてもきりがない、という現状を打破してゆく原動力になり得るものだということが分かるのです。今回の旅では、参加メンバーの各人が中国語をどういう場面で、どう使うか、をいくらかは考えて臨むことが出来たと思います。もちろん他人の心の中ですから、正確なことがわかるわけではありません。でもきっと誰もが何かを得たはず。そして各人各様に、また中国語学習の道を歩き出すのでしょう。私もまた例外ではありません。既に出来るようになったことを喜び、さらに高いレベルのことを出来るようになる為に再び歩き始めるのです。


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