コラム

GREEN GRASS China Salonの生徒さん達が自主トレ? として “修学旅行”と題して上海に旅行に行っていらっしゃいました。その旅行記の一部をご紹介いたします。

お便りfrom留学生


■我班的“修学旅行” Nさん編その3 (受講生より 2005.2)

第九章:そして周荘へ

ミスタードーナツで時間をつぶし、いよいよ周荘へ出発です。バスに乗り込むと、既に大部分の人が既に乗り込んでいます。私の席を探すと、なんと既にどなたかが座っています。空席だと誰もが自由に座る、という予備知識はありましたので、「そこは私の席です。」と伝えると当然トラブルもなく席を空けてくれます。「そこは私の席です。」はバスや電車を使うのならば、必須のフレーズだなあ、と思いながら、座席に着き、いよいよ出発です。

バスに乗っている間、外の景色を見ながら感じたことは上海の交通マナーの悪さ。このことは既に昨日のうちに分かっていたことなのですが、車に乗っていると、ことさら強く感じます。それらの光景を目にするにつけ、「何でそんな所に止まっているんだ。」「何でそんな無茶な方向転換をするんだ。」と心の中で叫び声をあげます。「ここは中国上海。日本ではない。」と分かっていても日本の交通になれてしまっている私にはやはりおっかないものです。とは言え、道中事故にあうこともなく、予定より20分ほど多くかかりましたが、1時間50分かけて目的地の周荘に到着しました。

第十章:周荘にて @「押し売りガイドを追い払う − 伝家の宝刀の威力」

上海体育館から1時間50分かけて(公称は1時間半の道のり)周荘に到着です。バスを降りるや否や観光地図の売り子さん、三輪車の運転手さん、個人ガイドさんなどが我先にと売り込みに来ます。観光地図が欲しいメンバーは購入し、三輪車の運転手さんや個人ガイドの売込みに対しては「不要。」と簡単な断り文句ですませて先を進みます。たいていの方はこれで引き取ってくれるのですが、ある一人の男性個人ガイドさんだけはこれで引き下がることなく、私たちと一定の距離を保ちながらついて来て、写真撮影の時には彼も立ち止まって待っていて、私たちから離れないようにしています。しかも時おり建物や船などを指差しながら何事かを中国語でつぶやいているようです。(すべて聞き取れるわけではない。)このガイドさんの申し出に対しても私を含めて何人ものメンバーが「不要。」と伝えているのですが、そのことにはお構いなしという感じです。周荘観光を始めてしばらくたってもこの調子ですからメンバーの中で、もしかして彼は観光が終わった後に「案内したから金をくれ。」などという一方的な主張をするつもりなのでなないだろうか、と軽い動揺が出てきます。この人が正式なガイドがどうかということすら定かではありませんし、何よりずっと見張られているような感じがして落ち着きません。そこでリーダーのXさんが「なぜ私たちについて来るのか?」と尋ねたところ、何とこのガイドさんは「あなたの言うことは逆だ。」などと言う始末です。逆とはどういう意味か?もしかして私こそがあなたがたを案内しているのだ。とでも言いたいのでしょうか。いずれにしてもこれではたまりませんので、Xさんと自称ガイドさんとの話に割って入る形で、私がもっとはっきりとこちらの意思を伝えることにしました。「私たちは皆、あなたと一緒に行くことを望んでいないから早く立ち去ってほしい」と。しかし、その返答は「私はあなた達と一緒に行きたい。」というもので、こちらの希望などお構いなしのようです。そこできつい口調で「去れ!」と命令したのですが、なお抗弁が続きましたので、この人の言葉を遮って、旅行会話クラスに在籍したことがある生徒が必ず習う伝家の宝刀「真討厭!」をお見舞いしたところ、ようやく諦め顔になり去ってくれました。以後、周荘観光は順調かつ快適に進行したのです。伝家の宝刀の威力は絶大でした。

第11章:周荘にてA「女性が買い物に傾ける情熱 − Yさんの格言」

押し売りガイドさんが去って気分も落ち着いたこと、そして何より中国の有名な水郷である周荘の風景に引き込まれ、いよいよ旅が楽しくなってきました。周荘では有名な水郷の風景のほか、地元の人が出している露天や小さなお店が無数にあり、地元の食べ物を味わったり、民芸品を購入したりできます。本気でこれらのものを味わい尽くしたり、買い物を楽しんだりするならば、丸一日かけてもすべてをやりきれないのではないか、とさえ思えます。ここではメンバーが揃って行動し、水郷の風景を楽しみながら、時に小吃を食べ、時に商店での買い物を楽しんだりしました。かく言う私もここで刺繍物を購入しました。そして結果的に、私が今回の旅の中で中国語を使って本格的な値段交渉をして買い物をすることのできた唯一の機会だったのです。

ここで印象的だったことのひとつは100元札をだしてお釣りがないと言われたこと。これ以後にも度々感じたことなのですが、日本円で1400円から1500円くらいのことなので大した金額ではないと思い込みがちですが、中国老百姓にとって100元というものは本当に大金なのです。結局方々を走り回ってお釣りを作ってくれました。

もうひとつ印象的だったのは今回のメンバーの中で唯一上海に在住しているYさんの言葉です。私の場合は最初の提示額から4割引で購入したのですが、それを聞きつけたYさんの評は言葉の言い回しは優しいのですが、結論としては「甘い!」というもの。Yさんいわく、こういうところで売られているものは「5割以上は値引けるはず。」であり、私が最初にスタートした「5割引してください。」ということ自体が生ぬるい、と。続いてスタートするのはお店の人が言う値段の3割から始めなくてはならず、最終的に5割出しては駄目なのだそうです。そして「中国人にあなたはケチだ、と言われるところから始めなければ中国でお値打ちに買い物をすることはできない。」のだそうです。話をするうちに、心なしかYさんの瞳が異趣独特の輝きを帯びていくように感じられ、件の「中国人にあなたはケチだ、うんぬん」のセリフが出た頃には、どこか遠くを見ているようにさえ感じられます。どうやら中国に来て1年あまりの間に獲得した「戦利品」の数々に思いを馳せているようです。私にしてみれば、当初から5割は出してあげよう、という思いがあったことのほか、買い物にばかり時間をかけるのは損だ、時間は限られているのだから、これで良し、という値段になったのなら適当に切り上げて観光も楽しまなくては。という思いもあったのですが、Yさんの言葉はまるで格言のような響きがあり、奇妙に納得してしまって、この場では抗弁する言葉が出てきませんでした。そして「恐るべきは女性が買い物に傾ける情熱だ。」と心の中で得心したのです。しかし、この日の夜には買い物に情熱を傾けるのは女性だけの専売特許ではないということを思い知ることになるのです。

第十二章:周荘にてB 私はやはり日本人?

そうこうするうちに時間は瞬く間に過ぎていきます。メンバーの誰もがもう少し周荘観光を楽しみたいと思いながらも、この後のスケジュールを考慮して、名残惜しいけれどそろそろ上海に戻らなくてはならない、という結論に。協議のうえ、2時半のバスで帰ろう、ということになりました。バス停への道中、ここであったこと、見たこと、感じたことを反芻するうちに、思わず大きなため息が出てしまいました。すぐ前を歩いていたYさんが聞きとがめて、怪訝そうに「どうしたのか?」と尋ねてきましたので、ここに来た時に、例の自称ガイドを「真討厭!」というきつい言葉で追い返したが、正直なところ、言われた当人はどう感じているのか気になるということ、もしかするとひどく傷ついているということはないだろうか、ということを考えているのだ、と話すとYさんやSさんなど、他のメンバーも「きっとケロッとしていて大丈夫だろう。考えすぎだ。」と言います。実は私もそう思っていましたし、何より、あの場では引き取ってもらわなくてはならず、必要な行動だった、間違っていなかった、という気持ちはありました。また、中国人は、はっきり物を言う民族だから日本のように持って回った言い方をしては駄目で、きついと感じてもはっきりと物を言わなくては駄目だ、という老師たちの話も覚えているのですが、「真討厭!」という言葉の内容はかなりきついものであり、日本にいるころには、まず滅多に他人に言う言葉ではないので、くよくよし易いと言われている日本人のなかでもとりわけくよくよする性質の私は「本当のところはどうなのかなあ。」とすっきりしない気分です。ところがそれから間もなくして、何とこの自称ガイドの男性が私たちを追い抜いて歩いて行ったのです。その姿は飄々としたもので私が懸念しているような「きつい言葉に傷ついた」という印象はありません。彼は私たちを追い抜くと、すこし前を歩いていたYさんとAさんには気がついた様子で、何事か言葉をかけています。後で聞いたところ、「こんなに早く帰ってきたのか。」ということだったらしく、闊達そのもので私が懸念しているようなことは少しも感じられなかったそうです。やはり中国の方は私が考えているよりもはるかに逞しいようです。このようなことでくよくよする私はやはり生粋の日本人だなあ。と思います。(他の方からそんなことでくよくよするのはお前だけだ、という言葉も聞こえてきそうですが。)

第十三章:周荘にてC「トラブル発生 − 頼れるものは旅のベテランの知恵」

2時半のバスの発車時刻まで少し時間がありましたので、周荘の入り口近くの喫茶店でお茶を飲んで休憩します。本当はまともな昼食を食べていなかったので「湯面」などを軽くおなかに入れようと思っていたのですが、周荘の入り口近辺には少しだけお茶やコーヒーを飲める場所しかなかったのです。今後周荘の行く方のためにアドバイスをさせていただくならば、食事をしたいのならば周荘内のどこかですませなくてはなりません。

少し休憩した後、「結帳」(お勘定のこと)をすませようとしたら、またしてもお釣りがない、ということになってしまい、お店の方がお釣りを支払う為に両替に出かけてしまいました。というわけで、万が一にもお釣りを受け取るのに時間がかかりすぎてしまいバスが出発してしまった、ということにならないように私一人が先行してバスに行き、もし彼らが来る前に出発、ということになってしまったら、あと5人来ることを伝え、待ってもらうように、ということになり、まずは一人でバスに向かいます。当然バスの発車前に間に合ったのですが、ここで予期しないトラブルが起こります。運転手さんが言うところによると、私たちの切符では最終の4時半のバスにしか乗れず、しかも座席指定はできない、と言うではありませんか。後になって分かったのですが、私たちが購入した100元の切符では、この運転手さんが言うように4時半のバスにしか乗れず、しかも座席指定はできないのです。帰りのバスの時間指定かつ座席指定の切符は120元なのです。しかし、私たちの買った切符の紛らわしいところは、残った半券(半分は行きの時に回収)にバスの座席(行きのバスと同じ座席)が記載されているのです。日本に帰ってから、辞書で書いてあることを全部調べると、この運転手さんが私たちに意地悪をしたわけではなく、確かにバスを指定できず、座席も指定はできないということが記載されているのですが、よほど中国語ができる人でなければ、これは分からないなあ。と今でも思います。ともかく、切符が違うということは分かったのですが、さりとて諦めることもできず、交渉したのですが、「何とかしてよ。」と正面突破を試みた私は「何ともならんわ。」と言われてしまい、あえなく撃破されてしまいました。しかも、ここで待っている人は皆、私と同じように違った切符を買ってしまった人なのだそうです。見ると私ばかりでなく、多くの観光客が同じように最終の4時半のバスにしか乗れないということを知らずにバス発着場に来てしまったようで待ちぼうけを食らっています。そして残りのメンバーも到着しました。他のメンバーにも私たちの持つ切符では2時半のバスに乗れないのだということがすぐに分かり動揺が走ります。私の次にYさんが「この切符でどの時間のバスにも乗れると思い込んでしまって買ったのだから何とか助けて欲しい。」とやはり正攻法で交渉したのですが「駄目だ。」とつれないもので、事態は好転しません。
最終的にこの危機を救ったのは、旅のベテランで今回の旅のリーダーでもあるXさんの「飛行機に乗り遅れる。」という一言でした。もちろんこれは嘘で、はったりなのですが、効果はてきめんで、この言葉を聞きつけた別のバスの運転手さんが、「それは大変ですね。3時発、虹口足球場駅着でよければ私のバスに乗せてあげよう。」と言ってくれるではありませんか。しかもバスの塗装、仕様などはかなり異なりますので違うバス会社の方?ともかく、まさに「地獄で仏」のありがたい話で、補助席ではありましたが、この3時のバスに乗って帰ることができました。しかも下車後にお金をもらうと言っていたのに最終的に無料にしてくれたのです。こういう良い意味で融通を利かせてくれるところは今の日本ではまず考えられませんし、中国の方の温かさを感じます。まさに「中国有句俗話説、車到山前必有路。」です。それにしても頼るべきは旅のベテランの知恵と機転です。交渉ごとには、場合によっては、はったりも必要で、なおかつ有効だということを身をもって知りました。ああいう機転というものは私には欠けたところなので見習わなくてはなりません。ですが喜んでばかりもいられません。首尾よく3時のバスに乗せていただいたのですが、帰り道は大渋滞で1時間半どころか倍の3時間を要してしまいました。虹口足球場駅に着いた時にはもう既に6時を過ぎています。テキストを買うために「上海書城」に行くどころか、切手を買いに「上海市集郵総公司経営部」に行く時間すらなくなってしまいました。Yさんが予約をしておいてくれた上海緑波廊酒楼の目安の予約時間6時半まであまり時間がありません。


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