コラム

GREEN GRASS China Salonの生徒さん達が自主トレ? として “修学旅行”と題して上海に旅行に行っていらっしゃいました。その旅行記の一部をご紹介いたします。

続いては一緒に行ったNさんの旅日記です。

お便りfrom留学生


■我班的“修学旅行” Nさん編その1 (受講生より 2005.2)

前書き:これは修学旅行?

「このメンバーで一緒に中国語を使う旅をしよう。」最初にこう言い出したのは誰であったか? 実を言うとそれが誰であったのかを今では正確に思い出せません。そしてこの話がそもそもいつ持ち上がったのか、ということも。ただ、現在のクラスのメンバーは不思議と付き合いが長いこともあり、いつしかレッスンの後に懇親を深める機会が多くなっていったことが今回の旅が実現することになった理由のひとつであることは間違いがありません。席上で中国旅行のベテランであるXさんの話を披露してもらううちに、台湾には数回行ったことがあるが中国大陸には行ったことがないという、ムードメーカー的な存在のSさんが、何気なく「皆で一緒に中国旅行に行けたらいいな。」と呟き始めたのが発端だったような記憶はあるのですが。それがいつしか具体的な旅行計画になり、さらには参加予定メンバーの間では中国語会話を実践する「修学旅行」と呼ばれるようになり、「修学旅行」は私たちの間では、まるで合言葉のような響きまで持つようになったのです。

わずか2泊3日の「走馬観花」(駆け足旅行の意)とはいえ、実際にクラスのメンバーと一緒に中国に行ってみて、見たこと、聞いたこと、思ったこと、感じたこと、考えたことはたくさんあります。そのどれが正しく、どれが間違っているのか、それは今でも分かりません。思いつくまま書き綴りましたが、中国語学校生の修学旅行がどのようなものであったかご一読いただければ幸いです。参加メンバーは下記の通り。
Xさん、Oさん、Aさん、Sさん、そして私N、加えて老同学であり、今は上海在中のYさんの5名プラス1名の合計6名です。

序章:名古屋空港にて

11月19日(金)。待望の上海旅行の日がやってきました。奇妙に気持ちが高ぶっているのか目覚し時計が鳴る前に気持ちよく目が覚め、いつも通りに食事、洗面などを済ませてから荷物の最終確認をして出発。名鉄の西春駅からバスに乗り、国際空港としての役目を終えようとしている名古屋空港に到着。道路工事の影響で1本バスが遅れたにもかかわらず、余裕をもって出発したこともあり、集合時刻より1時間近く早い10時過ぎに待ち合わせ場所の「しいのき広場」に到着。ゆっくりと新聞を読みながら待つことに。

ほどなくして、今回の旅のリーダー、Xさんが到着。ついでAさん、Sさんも到着。

そしていよいよ待ち合わせ時刻の11時。になったのですが、ここで早くも小さなトラブルが発生。Oさんだけがまだ姿を見せません。「彼はなぜまだ来ないのか?」と冗談めかして中国語で呟きながら、携帯電話で連絡を取ると、何とOさんは、しいのき広場の上の3階にいることがわかったので、降りてきてもらい合流。こうして日本から出発する5人が無事にそろいました。
5人が無事にそろったので、時間のあるうちに出国手続きをすませることに。荷物の重量検査では旅行の日程が長いXさんの荷物が重量オーバーとなり、中身を入れ替えることで1個あたりの荷物の重量制限を越えないように調整する必要が生じたりと、予定外のこともありましたが、手続きはすべて無事に終了。いよいよ出発です。

第一章:在海関(税関にて)〜中国の洗礼。

中国東方航空MU530便に乗り、約1時間半。機中で食事をし、飲み物をいただき、しばらくの間、うとうとしてからあっという間にもう浦東空港が見えてきました。いよいよ中国にやって来たのだという実感が込み上げてきます。

飛行機も無事に着陸、時差がありますので、時計を1時間戻してから飛行機を降りました。空港の通路にある広告の文字が中国語になっているので、ここは中国なのだ、という実感がますます高まってゆきます。いよいよ入国手続きが待っています。

機中ではスチュワーデスさんが配る入国カードの記入も済ませておきましたし、まだ人も少なかったのですぐに終わるだろうと思っていたのですが、ここで思わぬトラブルにあい、時間をとられることになりました。Xさんたち4名は同じ列に並んだのですが、私は人数の込み具合を見て、韓国人の団体旅行客が数人並んでいる、同学たちのすぐ隣の列に並ぶことにしました。こうすれば少しでも入国手続きにかかる時間を節約できると思ったのですが、これが間違いの元だったのです。並んでいてほどなくして気がついたのですが、この係員の方は妙に処理スピードが遅く、どの人も何かしら追加で記入することを求められている様子で手続きにてこずっています。並んでいる人数からすると、当初は他の同学達より、私が一番早く手続きが終わるのではないかとさえ思えたのですが、結局、最後の同学と私が手続きを始めたのはほぼ同時。それでも同時に終わるのならまだいいか、と思ったのもつかの間。何と、「お前は入国カードの表と裏をすべて記入しなくては駄目だ。」と言うではありませんか。入国カードの片方は英語、もう片方は中国語で記入するのですが、外国人は英語の方を記入すればいいはずなので、なぜ駄目なのかと尋ねたところ、「お前は韓国人じゃないから。」と言われる始末でなんともなりません。仕方がなく記入する為にボールペンを貸してくれるように頼むと、今度は「あっちのカウンターに行って書け。」と言われて追い払われてしまい、並びなおさなくてはならない羽目に。最終的に表と裏、すべて記入したのですが、この係員の所は避けて並び、今度は無事に入国手続きが終わりましたが、時間の節約どころか浪費になってしまいましたし、このような形で入国早々「人治国家」と呼ばれる中国の洗礼を浴びるというのは予想外のことでした。
ともあれ心配して待ってくれていた同学たちと無事に合流。同学たちに尋ねても両方を記入しなくてはならないというのは、やはり私だけが特別に求められたことのようです。

驚くべきは中国の「人治」。韓国人の列に一人だけ日本人がポツンと紛れ込んでしまったのがまずかったのでしょうか?

第二章:リニアモーターカーと地下鉄を乗り継いでホテルへ

入国手続きではひどい目にあってしまいましたが、旅行も始まったばかりですし、入国してしまいすれば、こちらのもの、と気を取り直してホテルに向かうことに。まずは土産話のネタとして話題のリニアモーターカー(中国語では磁浮列車と言うようです。)に乗ることに。普通席75元(貴賓席150元)と聞いていたのですが、今では普通席50元(貴賓席100元)のようです。ホームで待つこと10数分、リニアモーターカーが到着、すぐに乗り込み、出発。

車内は清潔でスピードメーターが各車両の扉の上部に取り付けられていて、速度を確認できるようになっています。どんどんスピードは上がり、最高時速430キロに達した、と思うのもつかの間。すぐにスピードは徐々に下がり、再び430キロにはなりませんでした。430キロの出ている時間は1分間にすら満たないのではないかと感じるほど短い時間です。もっとも乗車時間はわずか8分なのですから、いつまでも430キロのままでは終点で止まれなくなってしまうのでしょうが。浦東空港から地下鉄の龍陽駅までは車ならば、30分はかかると言われていますので、やはり速いのでしょうが、浦東空港から龍陽駅への距離というものを実感としては知りませんので、多くの人が言うように、すぐに終わってしまう、何となく拍子抜けだ、という言葉に共感してしまいます。ただ、理屈の上ではとてつもなく速いということは理解できますし、確かに話の種にはなるのでまあ良し、ということで続いて地下鉄を乗り継いでホテルに向かうことに。龍陽駅から人民広場駅まで数駅。2元だったか3元だったか?いずれにしてもリニアモーターカーの50元が非常に高額であるということが分かります。地下鉄に乗っていて感じたことはひと駅あたりの間隔が日本のそれと比べると長いということ。さすがは広大な中国です。人民広場駅で下車、駅構内の通路をくぐり抜け、宿泊予定の国際飯店にたどり着きました。


第三章:これでいいのか4つ星ホテル

無事に国際飯店にたどりつきましたので早速チェックインです。中国語では登記手続と言い、日本ではそれは不動産購入の時などに使われる言葉なので不思議な感じがしますが、そこは中国語と日本語との違い。ともかく登記手続をお願いして渡されたカードに記入していきます。日本語はまったく通じませんが、お互いにやらなくてはならないことは分かっているうえに中国語を使うとしても、ごく簡単なやりとりで間に合いますから、難しくはありません。服務員さんの態度も日本のように至れり尽せりというわけではないにしても、良質なサービスで一安心。ただ、悪いこと、というわけではないのですが、意外だったのは各人がフロアも部屋もまったく離れ離れの物を割り当てられたこと。予約は既にインターネットで済ませてありましたし、5人の団体客ということはホテルにやってきた時から分かりきっていることなので、日本であれば気を利かせてくれて、連続の部屋にしてくれるとか、同じ階にしてくれるという類の配慮がある場面なのですが、このあたり中国は合理的?なようです。(安心して泊まれさえすればいいだろう、ということか?)


ただ、参ってしまったのは両替手続き。ホテルまでは以前に中国を旅行したXさんが残しておいた人民元をお借りして交通費を支払って来たのですが、これからはそういうわけにはいきませんので、ここで両替することにしました。金銭を扱うカウンターに行って、「我要換銭。」と始めたのはいいのですが、服務員さん(年配の女性)の態度がとにかくおっかないのです。一体何を怒っているのですか?と聞きなくなるような話し方と不親切な対応。

私はともかくとして、はっきり覚えていないのですがOさんだったか、Sさんだったかには、ボールペンを投げつけてよこす有様で、一昔前のサービスという概念が存在しないと言われていた中国そのものです。そしてぶっきらぼうな片言英語。「ネーム」「ナンバー」と叫ぶのはいいのですが、どこに書くのかをよく見て探さなくてはなりませんし、「ナンバー」とはいってもそれらしき物を記入する欄はいくつかあります。結局彼女の言う「ナンバー」とはパスポート番号でも日付でもなく部屋番号だったのですが、それならせめて「ルームナンバー」と言ってくれ、というか、せっかく中国語で話しているのだから中国語で言ってくれという気分にもなりましたが、言うより早く両替手続きは終わり。そして心の中では「これでいいのか4つ星ホテル。」と呟くのでした。

第四章:藤田先生のお使いとYさんとの合流

チェックインも無事に終わり、てばやく部屋の備品のチェック、荷物の整理などをすませましたが、移動時間や各種手続きにかなり時間をとられてしまったので、ご主人と一緒に上海に住んでいる老同学、Yさんとの待ち合わせ時刻まで30分くらいしか残りませんでした。時間があまりないこともあって、まずは藤田先生から頼まれていたお使いを済ませることに。藤田先生のお使いとはプライベートレッスンで使用される事の多い、「中級漢語聴和説」を1冊買ってきてほしいというもの。スクールの在庫がなくなってしまったが、あと1冊必要。しかし中国からわざわざ1冊取り寄せるのは手間がかかるし、とにかく高い。ということで中国に行くのならばついでに買って来てほしい、と。ホテルに来る途中、1件だけ本屋さんを見つけたので、地理に詳しくないこともあり、まずはそこに行くことに。しかしあまり大きな本屋さんではありませんでしたので、やはり置いてなかったので買えませんでした。待ち合わせ時刻まであと20分ほどしかなかったので、仕方なく、とある百貨店の中を散策。やはり百貨店は日本の百貨店とあまり変わるものではありません。ひとしきり見物した後にホテルにとんぼ返りし、上海在中の老同学、Yさんと再会。これで今回の旅の仲間6人全員が揃いました。


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